−−−手遅れにはさせないから。





「カイメイで『サルベージ』・前編」





それはある日の宵の口、赤い髪のボーカロイドのお話。


夕食の準備が整ってどれくらいになるかしら。
皆揃っているのにひとりだけ、あの頭にアイスが詰まってるに違いないバカイトだけがいない。
昼食後に買い物に−何をなんて言うまでもなくアイスを−買いに行ったのは知ってる。
でも…こんな遅くまで帰ってこないことなんてなかったのに…。

「お姉ちゃん」

ミクの声に私ははっとなってふりかえる。
ミクは細い眉を寄せて心配そうな目をしてて。

「お兄ちゃん、遅いね…」

今日何度目かの彼女の言葉に思わずため息をつく。
全く妹に心配かけるなんて、何やってんのよ、バカイト。

おかげで私まで不安になるじゃない。

「……」

小さく笑顔を作り、ミクの頭を撫でる。
でも、もう気休めは言えなかった。

駄目なカイトよね、きっとまたすぐアイスをいっぱい抱えて帰ってくるわよ。…なんて。

「何、やってんのよ…バカイト……」

もう何回呟いたかしら。
数えるのも、もう飽きちゃったわ…。


「全く!メイコ姉もミク姉も心配性なんだから!2人の代わりにリンたちがカイト兄探してくるっ」
「アイス売り場にしがみついてるのをマフラー引っ張って連れ帰ればいいんだろ?全く、世話のやける兄貴だな…」

沈んだ雰囲気の私たちを励ますようにリンが立ち上がる。
それに呼応するようにレンも。
「えぇっ?リンちゃんもレン君も、こんな遅くに危ないよ!」
ミクが慌てて止めようとするけど2人は気にしない。
「大丈夫だって。何かあったら連絡するし、リンだけじゃ不安だけどオレも一緒だからさ」
「レン!不安ってどういうことよっ!」

2人はじゃれあうように賑やかに部屋を後にした。
双子のおかげで雰囲気も和やかになって、思わず2人でクスクス笑う。

「わたし、駄目な姉だなぁって思っちゃった…リンちゃんとレン君の方がよっぽどしっかりしてるみたい」
「そうねー…私もそう思うわ。双子には敵わないわね…」
私は気持ちを切り替えるためにひとつため息をついて。
「ココアでも入れて落ち着きましょうか」
言いながら立ち上がると、ミクはぱぁっと顔を綻ばせる。
「賛成!甘くてあったかいものが身体に入るとほっとするもの!」

結局ふたりでキッチンに立って一時の休息。
カップの半分がなくなるころにはミクも落ち着いてきて。

…そんな時だった。

−リンリンレリンレリンラリリンッ!

私の携帯から聞こえるのは双子の歌。
双子用の着信音で。
ミクの不安げな視線を受け止めながら通話ボタンを押す。
「もしもし?」
大丈夫、きっと大丈夫…と自分に言い聞かせながらの声は多少固かったかもしれないけれど震えはしなかった。
ただ、もしもしの言葉はレンに遮られる。
「っメイコ姉!?どうしよう、どうしたらいいっ!?」
酷く混乱しているのか、大事な事を言わないレン。
「レン、落ち着いて話してくれないと解らな…」
「だって大変なんだよ!アイスがいっぱいで、カイト兄はひったくりが…!」
…余計に訳が解らなくなったわね…アイスに、ひったくりがなんですって?
「レン!そんなんじゃ解んないよっ。リンに変わって!」
少し離れた所からレンに話しかけているらしいリンの声がする。
…なんて考えてるうちに受話器が移動したらしい。
「メイコ姉?リンだよ。大変な事になっちゃって…でも、リン出来るだけ落ち着いて話すからメイコ姉も落ちついて聞いて?」
リンの声は少し震えていて、でも一生懸命冷静に話そうとしているのが手に取るように解るから、私は震える彼女に気づかないフリをする。
「解ったわ。…リン、何が有ったの?」
「あのね、カイト兄、買い物に行った時にひったくりにあったみたいなんだよ。ほら、今噂になってる…お金以外はごみばこに捨てちゃうひったくりの人」
ひったくりの人…そう言えばミクが言っていたわね。
「それでそのひったくりを追いかけて行ったんだけど、警備の人とか捕まえてくれたんだけどお金は間に合ったんだけどバッグとかお財布とかは捨てられちゃってたみたいなのね?で、カイト兄、バッグを追って…追って……」
ごみばこの中に……とリンの声は可哀想なくらい掠れて震えていた。
心細かったんだろうな…と手に取るように。
嫌に冷静に判断できたのは、きっと私がそれを現実だと理解出来ていないから…。
だって、だって…。
「で、でもリン…?その、ごみばこの中に入る姿は見ていないのよね?だったら…」

…だったら、カイトじゃないかもしれない。

そんな淡い期待は彼女の裂くような声にかき消された。
「リンだってそう思ったよ!!ぜったいぜったいカイト兄じゃないって思って!だから警備の人に聞いてみたんだっ!!そしたらけ、警備さんは、青い髪でマフラーをした格好良いお兄さんだったって言ったんだもん!それに…それにさメイコ姉…ごみばこの周りに、アイス、が、いっぱいいっぱい転がっ、てて……そんなのカイト兄しかいないよぉ……」
裂くような勢いのある声は最初だけで、どんどん勢いがなくなっていって、最後には目に涙をいっぱい溜めたような、じわじわっと泣きそうな声になって行く。
いくら落ち着いて見えるって行っても、レンの姉だって言ってもまだまだ14歳なんだもの。当然よね。

でも、おかげで私は落ち着いた。
私がしっかりしないと。
足下が崩れるかと思った…それくらい不安だったけど、私が不安げにしていたら皆不安になる。
平常心よ、メイコ。
…間に合わないかもしれない、正直怖い。

大切な、−−−−が居なくなるかもしれない。

「………−−−−、って、何よ」
「え…?メイコ姉…?」
「あぁ、何でもないわ…!」
思わず心の声が口に出ていたらしいわね…思わず手を振る。
ジェスチャーしたってリンには見えないのにね。
「リン、よく頑張ったわね。今からそっちに行くからもう少しそこで待てる?」
「…うん」
「レンは家に戻るように言ってくれる?ミクと一緒に家で待っててって」
「解ったよ」
「良い子ね、リン。少しだけ待ってて」
そうして電話を切るとミクに向き直る。
「ミク、私はカイトを取っ捕まえに行ってくるわ。レンがすぐ戻ってくるからミクは一緒に待っててちょうだい。…レンが少し混乱しているかもしれないから、フォローしてあげて?」
ミクは少しためらってから小さく頷くも、心配そうな目で私を見つめる。
「お姉ちゃん…帰ってくるよね?ちゃんと…ちゃんと、帰ってきてくれるよね…?」
誰が、とは言わなかった。
誰が?なんて聞き返すまでもなかった。
まるで小さな子供のように不安げな瞳だったから、じんわりと目の端に涙を浮かべているから…励ますように、勇気づけるように、頭の上に掌を乗せる。
「大丈夫。心配しなくていいわ。可愛い妹を置いていなくなる筈がないでしょう?」
それはミクを励ます言葉だったか、それとも私自身を励ます言葉だったのか。
それでもミクは、じわりと滲んだ涙を拭うとニッコリと笑ってみせた。

ミクの笑顔に後押しされるように、私は家を後にすると、一目散に駆け出した。





進む 移ろう 時をけずる針



−独りに戻るのは、嫌なの………










to be continued...






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まさかの前後編…!!!
カイトはまっすぐだけど、そんなカイトと違ってめーちゃんは素直じゃないから3倍くらい色々考えてる!
そしたら3倍くらいの文字数になっちゃったよ…まだ物語は折り返し地点なのに…!
泣く泣く折り返し地点で一度休憩。