Merry Christmas with Toshizo

それは師走も終わりに近づくとある日の事。

蝦夷の冬は本当に冷える。
私は文の知らせで出て行った歳三さんが戻って来たら暖まれるよう、囲炉裏に火を入れ直した。
文の主はどうやら大鳥さんで、歳三さんは口では面倒だと言っていながらどこか嬉しそうだったのを思い出すと、思わず私の口元も緩んでしまう。
そして、そんな心の内を私に読ませてくれる事が嬉しくて。

まだ新選組の副長を務めていた頃の「土方さん」は、まず新選組で、近藤さんで、隊士さんたちで。
自分の事は二の次だと言わんばかりに難しい顔ばかり選んで浮かべていたから。
決して本心を漏らさないように、気を張りつめていたように思うから。

今、こうやって心の内を読めると言うこと。
それは心を開いて頂いているのかな、認めて頂けているのかな。
それはとても、幸せな事で。

そんな事を思いながら、浮かぶ笑みを抑えきれないまま、私はぱちぱちと燃える囲炉裏端でお湯を沸かし始めた。


「今帰った」
引き戸の滑る音がして少し、外から戻って来た歳三さんの声がする。
私は慌てて声の先へと向かった。
「おかえりなさいませ、歳三さん。
 寒かったでしょう?囲炉裏に当たって下さい」
履物を脱ぐ歳三さんの荷物を受け取って、次いで差し出される外套も皺にならないように抱える。
歳三さんは有難うと穏やかに笑うと、ふたり居間へと向かった。

まずは冷えた身体を暖めて貰おうと、湧かしていたお湯でお茶を準備して手渡す。
「歳三さん、どうぞ」
「あぁ、すまねえな。…お前の茶が出てくると、戻って来た気がするぜ」
歳三さんが本当に美味しそうにお茶を飲んでくれる。
それだけで、いつでも私の心が弾む。
「大鳥さんはお元気でしたか?」
穏やかな表情で帰って来たからきっといつものような楽しい会合だったのだろう。
そう問いかけると、なぜか歳三さんは目を軽く見開いた。
「……あの、どうかなさいましたか?」
何か不味い事を言ってしまったのだろうかと慌てる私に気づくと、歳三さんはいや、と小さく笑って。
「どう切り出していいか悩んでたからな。
 お前がその名前を出してくれて正直助かったぜ」
そう苦笑まじりに口にすると、歳三さんはしゃんとこちらに向き直って真っ直ぐ私を見つめてくる。
何か改まった話が有るのだろうか。
私も慌てて歳三さんに習い、姿勢を正した。
「そう畏まるんじゃねぇって。
 悪い話でもなければ堅苦しい話でもないからな」
そう言って、歳三さんはくしゃりと笑ってみせる。
いつもの整った笑顔も好きだけれど、この飾らない笑顔が嬉しくて、私も少し微笑んだ。
「それで、お話とは?」
言い難そうならば私から口火を切った方が良いのかと問いかけると、歳三さんはコホンとひとつ咳払いをして。
「実はな。
 今日は、くりすます、とか言う祭りの日らしいんだ」
歳三さんの口から耳慣れない言葉が出て来て。
私は思わず首を傾げた。
「くりすます、ですか…?」
「あぁ。どうやら切支丹の祭りらしいんだが、詳しい事はあまりちゃんと聞いてこなかった。
 要約すると、その日は家族や友人や恋人に贈り物をするんだと。
 …何かのきっかけでもないと、お前は受け取ってくれない気もしたしな」
そう言いながら、歳三さんは立ち上がると荷物から小さな包みを取り出して。
「…良い機会だと思ってな。
 千鶴。お前には本当に感謝してもしきれねえ。
 誰かが傍に居てくれる事がこんなに幸せな事だと俺は知らなかった。
 それが、好いた相手なら尚更の事だ。
 いつもありがとな、千鶴」
歳三さんの言葉に、差し出された包みに胸がいっぱいになる。
どうしたらいいのだろう。
歳三さんの傍に居たいと言うことは、初めは私の我侭に過ぎなくて。
今でも歳三さんのお傍にあれればそれでいい。
それで幸せだと思っていたのに。
「歳三さん…嬉しい、有難う御座います。
 私こそ、歳三さんと過ごす毎日のひとつひとつが幸せで、贈り物をいつも頂いている気分です。
 私、くりすますを知らなくてお返しも出来ない…」
歳三さんは受け取れずにいる包みをぐいと私に押し付けて来て、空いた手で私の頭を撫でて。
「馬鹿。
 くりすますにこじつけてお前に礼を言いたかっただけだ。
 それに、先にも言っただろう?俺こそ、お前にいつも支えられてお前にいろいろなものを貰っている。
 お前は良い女だが、自覚が足らないのが難点だな」
そう言って、贈り物を抱えたままの私を抱きしめてくれる。
「お前にいつも使って欲しいと思ってな。
 西洋の結い紐にしてみた。
 頼むから仕舞い込んで箪笥の肥やしにするんじゃねえぞ」
包みをひも解くと、淡い桜色の長細い布が出て来た。
結い紐と言うことは髪に結ぶものなのだろう。
私は髪を右に纏めて、その幅広い結い紐で結んでみた。
「どうでしょう…似合いますか?」
そう問いかけながら見上げると、歳三さんも満足げに微笑んでくれる。
「あぁ、俺の見立てに狂いはないな」
そう言って結い紐で束ねた私の髪を一束とってくちづけを落とした。
穏やかでゆっくりと流れる、少しくすぐったい、何事にも変えられないこのひと時を。
歳三さんに愛されていると実感出来るひと時を。
きっとこの結い紐を見るたびに思い出すのだろう。

「歳三さん…暖かいです。私、今蝦夷で一番幸せです」
「あぁ、俺もだ。お前は暖かいな」
この暖かい腕に包まれていれば良い。そんな幸せな気持ちにしてくれた、異国のお祝いの日の夜のこと。