彼女の手のぬくもりを、僕はずっと、探し続けている。 もう二度と手に入らないものだと諦めながら、諦めきれず、ずっとずっと。 僕は人ごみが嫌いだ。 だって人ごみは騒がしくて煩わしくて。 興味の無い話ばかりで醜いものばかりで。 嘘と建前、上っ面ばかり気にして。 自分が良ければ他人なんかどうでもいいと、きっと皆思っているんだ。 そこまで考えて、思わず苦笑する。 僕はこんなことを偉そうに言える立場か? 僕だって少し前まで、そんな人間だった癖に。 嘘を身に纏い、建前という壁を積み上げて、本当の自分を隠した。 耳障りの良いリップサービスで人を寄せ付けておきながら、誰も信じようとしなかった。 恋愛をゲームだと決め付けて、人の心を得ようとしながら、都合が悪くなると容易に切り捨てた。 僕の一番嫌いな人間…その筆頭が僕だった。 でも。 そんな僕を信じてくれようとした、優しい手があった。 その手を、僕はずっと捜している。 人ごみが嫌いだなんて言っていられない。 僕の大嫌いな人ごみの中で、まだ希望があるのなら、もう一度巡り合えないかと、願い続けている。 「…あぁ、ごめんね。知っている子に後姿が似ていたものだから」 こうして彼女に似た後姿を追うのは何回目だろう。 両手で足らなくなった頃から数えるのをやめた気がする。 優しい手を持つ彼女には、まだ再会できずにいる。 彼女はこんな僕を信じてくれようとした。 あの頃の僕には彼女のまっすぐさが眩しすぎて、信じられないと突っぱねて。 信じてくれようとしている彼女を何度も何度も試した。 何度も何度も傷つけた僕のことを、それでも信じてくれようと、したのに。 どうして僕は、彼女を信じられなかったんだろう。 …姉さん。 僕は忘れていたんだ。 あの頃の姉さんが抱いていたような、純粋な恋心があることを。 報われなくても、振り返って貰えなくてもいい。 そんな感情は幻想でしかないと思ってた。 彼女は、恋愛はゲームじゃないと何度も僕に教えてくれていた。 それに気づいたのは、理解できたのは、僕が彼女の手を手放してしまってから、で…。 気づいた時にはもう手が届かなくなってしまっていたなんて、皮肉すぎて笑ってしまう。 彼女を傷つけて、そのまま別れて、元の生活に戻って。 そうしたら、今までの僕の恋愛が急に薄っぺらく感じられるようになった。 これはきっと、僕に対する罰なのだろう。 自分のことながらみっともないなとため息をついて再び雑踏へと足を踏み入れようとして。 …郁。 僕を呼ぶ、懐かしい声が聞こえた気がした。 反射的に振り返る。 「…ねえさん?」 もちろん、居ない…居るはずが無いんだ…僕の片割れはもう星になってしまっているのに。 でも。 同じくらい僕は断言できる。 走り出してしまう足を止められない。 僕が、姉さんの声を聞き違えるはずが無いんだ。 「わっ」 人ごみをかき分けて走る僕はどうしても人にぶつかってしまう。 でもそれをきちんと謝っている時間や体裁を取り繕っている暇は無かった。 「ごめんね、ごめん、ちょっと通して」 そう誰にともなく謝りながら、走る。 解ってるんだ。 優しい僕の片割れはもういない。 頭で解っていても、心が止まろうとしないんだ。 姉さんは僕に何かを言おうとしてくれてるんだって、確信のようなものがあった。 走り続けた僕はいつしか雑踏を抜けていて。 僕の目の前に居たのは−…。 「君、どこの子?…人懐っこいね」 長い髪を風に泳がせ、子猫を足に纏わせている少女。 …見間違いかと思った。 僕がずっと探していたからその幻影がいよいよ現れてしまったのかと。 −つきこ。 その幻へと呼びかける声は上手く出ない。 息のかすれる音だけがかすかに僕の耳に届いた。それだけだった。 屈んで猫の喉をくすぐってやり、抱き上げてぎゅ、と抱きしめる少女は、ますます僕の願望が見せる蜃気楼のような、一枚の絵のような象形で。 その幻のような風景を眺めていると。 「あっ」 どうやら彼女の腕から逃げ出してきたらしい子猫が僕のほうに優雅に歩いてくる。 その子猫を目で追っていたらしい彼女の丸い目が、瞳がこぼれるのではないかと思うくらいさらに丸くなった。 子猫は僕の前でいちど立ち止まって、目が合った。 と思ったら一声みぃと鳴いて、僕の横をすり抜け雑踏へと消えていく。 郁、今度は間違えちゃ駄目だよ。 私の分まで幸せになってくれなきゃ怒るからね。 そんな声が、どこからともなく聞こえたような気がした。 ------------ 妄想だけはしていたので、公式よりせめて早く! 郁は人を信じられないのに独りじゃいられない子なのかなあとかちょっと考えていたので。 そんな弟が居るとおねえちゃんはきっと心配で仕方なかったんじゃないかなあと思うのです。 きっと公式はもっとドラマチックにやってくれると思うので、後はわくわくしながら待機モードに移行します(笑) |