千秋と俺は、榊君と小日向ちゃんが抱き合うてるのを遠目で眺めとった。

そう認めるんは凄くおもろないけど、俺らが見たかったもんはこれなんやと思う。
小日向ちゃんの幸せな結末、という姿。

…そのための1ヶ月はほんに長い準備期間やったなあ。


星奏の学院祭の後、榊君に泣かされたと聞いたときにはどないしてやろうかと思った。
小日向ちゃんの涙を見るために諦めたんやないと。
傍から見取ってもふたりが好きあってとるのはよう解ったし、付き合うのも時間の問題やと。
せやから秋の初めに様子を観に行った時、驚いた。

何をやってるん、榊君。

…正直な話、せやったら小日向ちゃんを落としたろと思うたこともある。
学院祭くらいまでは割と本気やった。
せやけど、学院祭の後、抜け殻のようになった小日向ちゃんを見たら、もう何もできへん。

「千秋、俺ももう諦めがついたわ…何とかしてやりたいんやけど」
「なんや、蓬生。今の今まで諦めてなかったんか?」
千秋に揶揄されても肩をすくめる事しか出来へんね…。
「せやな、俺が欲しいんは小さくて可憐やけど強いお花であって、俺の前で造花になるなら意味ない」
俺のそんな言葉を聞いて解ったとひとつ頷く。
千秋もまた小日向ちゃんにふられた訳やから、俺の気持ちは解ってくれると思う。
「そうと決まれば…芹沢、新幹線のチケットの手配を頼む。
日付は12月22日夕方、12月23日昼頃の2枚だ」
芹沢君が頷いて退出したのを確認すると、千秋は楽しそうな表情で俺を見る。
「筋書きはこうだ。
 俺たちは小日向をクリスマスパーティに招待する。が、おそらく榊は動かないだろう。
 そこで動けばそれで良し、動かなければ小日向を予定より早く連れて行く。
 星奏の奴らにも協力させて精々榊を煽ってやれば良い」

千秋にリーダーとしての素質があるなあと思うのは例えるならこういう時。
どの駒をどう動かせばどう動くか、計算も決断もほんまに早い。
そして説明も的確やから、素質のない俺にも解りやすい。

「星奏の誰かに22日のチケットを預けとかなあかんな?それから、協力してくれる人間も」
「支倉だったか?小日向の友人、で良いだろ」
あの子なら乗ってくれそうやなあ、いつも何か獲物を探しとる猫のような顔の女の子を思い出せば納得。
そうやね、と頷くと千秋はニヤリと笑う。
「ついでに精々榊の奴を煽ってもらえば良い。
 …あぁ、会場側にも奴は通して良いと伝えておかなければな」
いっそ人を紛れ込ませるかと計画を立てる千秋は本当に楽しそうやな。
そんな千秋のお祭り騒ぎ、手伝いつつ楽しませてもらうとしよ。



「…クリスマスパーティ?」
星奏の学院祭から数日、小日向ちゃんを出待ちして招待状を手渡すと、きょとんと目を丸くした。

「夏に誘っただろう?俺の家のクリスマスパーティに来ないかと。
 結局ドレスか着物か選ばなかったが」
「やっぱり俺は着物のほうがええと思うんやけど、まぁまだ時間はあるからゆっくり考えて?」
俺らが矢継ぎ早に声を掛けるも小日向ちゃんはどうしようか悩んでいる様子で。
どないしよ、って顔にくっきり書いてあるのがよう解る。
「あの、せっかくのお誘いですけど…!」
そないな小日向ちゃんの言葉を千秋が遮る。
「今回はごく小規模のものだ。難しく考える必要はない。
 知人に頼んでアンサンブルの演奏もある予定だ。
 いい気分転換にはなると思うぞ」
この言葉がどうやらダメ押しになったようで。
躊躇いながらもこくんとひとつ頷いた。

「なんか…ごめ」

どうやら謝ろうと思うとる小日向ちゃん。
思わず今度は俺が遮る。
「違うやろ、小日向ちゃん。俺らは謝って欲しいんやない」
可愛い眉の間に皺が出来とるから、俺は指で解してやる。
俺らはそないな顔が見とうてやっとる訳やないのに。
「俺らは、ただ小日向ちゃんに笑うて欲しいんよ。
 せやから、謝られるより笑顔でお礼のほうが嬉しい」
な?そう良いながら腰を折って小日向ちゃんを覗き込めば、ようやく見られた笑顔に俺も千秋も顔を見合わせて少し安堵した。

そうや、その笑顔が見たいんよ。
今はまだ満開の笑顔やない。
俺は、小日向ちゃんの笑顔が好きやから、その笑顔を取り戻したい。
結果的に榊君が良い目見るんはおもろないけど。
もうちょい待ってや?


恙無くパーティの準備は進み、12月22日。
小日向ちゃんに渡した新幹線のチケットは23日。
俺らが菩提樹寮についた時、小日向ちゃんは予定通り広間で譜面を開いていた。
一緒の机には支倉ちゃんと星奏の部長の弟。それも一部を除いて予定通りや。
チケットより早く迎えに行った俺らに小日向ちゃんは目を丸うした。
「え、あれ?今日でしたっけ!?チケット、明日だった気がするんですけど…!」
そしてちょっと首を傾け混乱している様子に支倉ちゃんが口を開く。
「チケットを確認してきたらどうだ?」
「あ、うんそうだね!」
そう言うてぱたぱたと奥へ走っていく小日向ちゃん。
それを見送ると支倉ちゃんがこちらを見返る。
「こちらは準備が整っているよ。
 上手く騒いでくれる人間を呼んである。
 後は、この如月弟がボロを出さなければな」
その場に居たもう一人、星奏の部長の弟が面白なさそうな顔でこっちを見とるが、気にせんことにした。
「それは構わないが、如月弟を巻き込んだのには理由があるのか?」
確かにいかにも隠し事が苦手そうな彼に話しをしたというんはちょっと不可解やった。
千秋の問いかけに支倉ちゃんはあぁと一度相槌を打って。
「榊大地にはっぱを掛けるためにな。
 神南の奴らにクリスマスパーティに誘われたようだと風のうわさになってもらったのさ。
 残念ながらその程度で動けるならここまで苦労はしないが」
なるほどなと納得する。
支倉ちゃんが言うよりは信憑性があるということなんやろう。
千秋が頷いたのを確認し、ちょうど良いタイミングで小日向ちゃんが戻ってくる。

「東金さん、やっぱりわたしの手元に来たのは明日の日付で…」
持って来た封筒からチケットを俺らの方に差し出してくる。
「あぁ、悪いが俺の手配違いだったようだ。
 だから急遽迎えに来た」
差し出された封筒を受け取るや否や机に放ると、そう言って手を引く千秋。
千秋の顔、机の上、それから俺の顔を順に見回して何がなにやらという表情で小走りになる小日向ちゃん。
「あのでも東金さん、わたし今譜読みを…!あと、あのチケット…!」
「まぁええやん細かいことは、な?」
「俺たちがエスコートすると言っているんだ。今更チケットなど必要ないだろう?」
腕を引く千秋と背を押す俺に小日向ちゃんは顔いっぱいに困惑してますって表情貼付けて、俺らの車に押し込まれた。
千秋がその後から後部座席に乗り込み、俺は扉を閉めると運転席へ。
ほんで車を出そうとするその時。
金髪の少年がおっきな目をまあるくしてこちらを見とるから、微笑みかけて手を振ってやる。
そしたら般若みたいなこわーい顔で駆けてくる。
あの子が支倉ちゃんの言うてた『上手く騒いでくれる』人なんやろかと勝手に納得しながら構わず車を走らせた。
後は上手いことやってくれるやろ。あんま長い付き合いでもないけど、支倉ちゃんなら大丈夫やろと自分を納得させた。
それより今は小日向ちゃんをもっとちゃんと言いくるめることと、榊君より早う戻らんと。
小日向ちゃんの説得は千秋に任せ、俺は首都高を走り抜ける事に専念した。

パーティ会場では千秋の指示通り着々と準備が進んどった。
後2日も経てばここで華やかなパーティが開かれる訳やけど、今日の所は別のパーティの為の会場となる。
無事榊君を追い立てる事に成功したと支倉ちゃんから連絡もあったようやし、そろそろ来る頃合いや。
なんて思っとったら、俺の携帯に電話が入る。
「土岐は俺やけど。……あぁ、写真の男が突破したん?上出来や。……いや、ありがとう。手間掛けてすまんかったな」
電話はホテルのフロントからで、榊君が堂々正面突破して来たとの事で。
千秋に目配せをすると、会場を珍しそうに眺めている小日向ちゃんを呼び寄せる。
「折角お楽しみな所悪いんやけど、ちぃとこちらに来てくれんか?」
隠れる場所も俺らの立ち位置もあらかじめ打ち合わせは済んどる。
千秋は窓から少し離れた場所で全体を見て指揮をとる。
そしてバルコニーへと続くガラス戸に掛かるカーテンの影に、小日向ちゃんを招いて姿を隠した。
「え、あれ、土岐さんどうしたんですか?」
きょとんと目を丸くしながらも言うがまま寄って来た小日向ちゃんの口元に人差し指を向ける。
「んー?これからお客が来る予定なんよ。せやから少ぉしだけ静かにしとってえな?」
良く解らない、という顔をしながらもこくんと頷くから、ええ子やと頭を撫でてやる。
そうしているうちに扉の外が騒がしなってくる。
あぁ来たんやなと口元がつり上がっていく。
ばん、と勢いよく扉が開き、勢いのある足音が響く。

「……招かれざる客の到来か。どうした、星奏の」

千秋の声。星奏?と小日向ちゃんが反応して身じろぐから、ぽんと肩に手を乗せて留めた。
「約束やよ、小日向ちゃん。俺が合図するまで、静かにここにおって。…ええな?」
はい、と頷くのを確認してから、千秋のほうへと意識を傾ける。

「御託は良い。…ひなちゃんを返してもらおうか」

足音が止まった、と思ったら榊君の声が凛と響いて、小日向ちゃんの肩が今度は大きく跳ねた。
約束、と息だけで言うと、そうだったと言わんばかりに手で口を押さえるから、俺は小日向ちゃんを信じて、彼女だけをカーテンの影に残し、俺もまた舞台へ上る。

「あんれ、榊君やないの。…なんや穏やかやないな?」

ちゃんと榊君の死角を突く事に成功し、何食わぬ顔で会話に加わることに成功する。
ここまではほんに予定通りに進んどるなあと口元に浮かぶ笑みを堪えきれへん。
この笑みをどないに取ったのか、榊君の目がまた一段と鋭くなった。

「うちのかわいい後輩を誘拐するのはやめてくれないか?」
「誘拐。人聞きの悪いこと言うもんやないわ。任意同行や。ちゃんと招待してちゃんと返事も貰とるよ」
「でも迎えに来る話にはなってなかったんだろ?それもいきなり、2日も前に」
「それは事実や。仕方ないやろ。小日向ちゃんに会いとうて仕方なかったんや。俺は榊くんと違て自分の感情に嘘はつけへんから」

あぁ、これはほんまに本気で怒っとるなあと思いつ、ついつい榊君を煽る言葉を選んでまうのはもう性分やろうな。
「素直に言えばええやん。大好きな小日向ちゃんに近づくな、気に入らへんのや、って」
そうしてまた一つ、布石。さあてどうでるか…。

「それは厭味か、土岐?
 ……いや答えは必要ない、答えはどうでもいいんだ。
 君たちがひなちゃんに執着していようと、ひなちゃんが誰を好きだろうと誰と付き合っていようと、俺はもう自分の気持ちを誤摩化さないと決めたんだ。
 俺は、俺にとってたったひとりの大切なおんなのこを、迎えに来た」

……これは、ちぃと予定外やったな。
ここまで本気の言葉が聞けるとは思わへんかった。

せやけど……悪ない。

それでこそ諦めた甲斐がある。
悔しいけれど、しゃあない。大きなため息が出るのも勘弁して欲しいもんや。

「…言うとくけど、そんなおもろい勘違いしとうの、榊くんだけやよ」

どういう事だ、と言わんばかりの顔の榊君を横目に、小日向ちゃんの隠れとるカーテンを開いてやる。
お姫さんを、ナイトに返したらないかん時間や。

「……大地、先輩…」

小日向ちゃんと榊君の距離が縮まって行くんを、千秋と二人で見守ることにした。

「蓬生、これで良かったんか?」
千秋が人の悪い笑みを浮かべて俺にそう問いかけてくる。
「せやな……面白ないけど、まぁ小日向ちゃんが幸せならええかと思うわ」
そうか、と呟く千秋の顔も満足そうやから、間違ってなかったんやと思う事にする。


二人が泣きながら抱き合う姿…これが見たかったんやと。
やりきった達成感と、榊君へのほんの少しの嫉妬、それから彼女の心からの幸せを、心から嬉しく思う。



俺らにこんなに手間掛けさせて。

周りの人らに山ほどの心配掛けて。

ちゃんと幸せにならんかったら承知せえへんよ、と心の中で呟いた。




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以上8.5話でした!土岐さん目線!
今まで立ち上げてたフラッグを回収しながら組み立ててたら驚きのボリュームになりました。
2つに分けても良かったかしらと思うけれど…でもやっぱり神南組に暗躍してもらってたので、見せ場を作りたかったと言うのもあったので…。

次が最終話の予定です!今まで糖度低かった分あっまあまにしてやんよ!のつもりで妄想を膨らませ中です!