あの日以来。 あの、大地先輩との悲しい出来事があった学院祭以来。 それが良い事か悪い事かは置いておいて、大地先輩とは顔を合わせない日が続いていた。 「…い、小日向先輩?」 「!!」 今日は土曜日で学校はお休み。 でもわたしは部活があるから今日もこうして学院に来てた、んだけど。 「ごめんね、ハル君。ちょっとぼーっとしてた」 まじめなハル君に怒られちゃうくらい、最近部活に集中できないでいる。 ううん、部活だけじゃなくって、教室でも寮でも、なんだけど。 わたしはハル君にえへ、ってちょっと笑ってみせる。 そしたら怒ってくれるかなあって思ったんだけど。 ハル君はぎゅーっと眉間を寄せたけれど、その後困ったように口だけ笑って。 「早く調子を取り戻してください。 学院祭が終わったからと言って気が抜けすぎなのは困ります」 元気を出してください、なんて言ってわたしから離れていくハル君。 わたし、そんなに元気なさそうに見えるのかなあ? それかもしかしたら誰かがハル君に何か言ってくれたのかも? どうして元気ないの?って聞かれないのは嬉しくって。 よく考えたら、学年も学科も違って、寮生と自宅住まいで。 先輩が部活を引退しちゃったら、会うことないんだ、って気づいた。 ふっと思い出していろいろ考えちゃうくらい、会いたくて、顔が見たくて仕方ないんだけど。 でも顔を見たら、きっと泣いちゃうから、会えなくていいんだって、思う。 …苦しい、悲しい、けど。 泣いちゃうよりは全然いいよね。 そう言えばあの日はニアに悪いことしちゃったなあ…。 冥加さんのおうちまで迎えに来てくれて、泣いちゃったわたしをずっと慰めてくれて、今こうして何とか笑っていられるのは、ニアのおかげだもん。 「ハラショーでニアにお土産買って帰ろうかな」 そう心に決めて、学院の外へ1歩踏み出したとき。 「ついでに俺らにも何か買うてくれると嬉しいんやけどなあ?」 突然声を掛けられてびっくりして振り返ったら、土岐さんと東金さんが立っていた。 いつもの車でふたりで来たのかな?傍にはふたりで買ったって言う車がちょこんと停まってた。 「土岐さん、東金さん、こんにちは!今日はどうしたんですか?」 そういえばこの前は突然栗ご飯が食べたいって来たっけ、と思い出して思わずクスリ。 ついつい笑っちゃった声が気になったのか、東金さんがフンと鼻を鳴らす。 「俺は専属料理人になれと言ったことを撤回する気はないぞ。 …違う、今日はそんな話をしにきたんじゃないんだ」 そう言ってわたしに手渡したのは、白い封筒。 なんだろう、とじっと見てたら、「開けてええよ」って土岐さんが言うから開いてみる。と。 「…クリスマスパーティ?」 入ってたのは、ドラマとかで見るような綺麗な招待状、と新幹線のチケット。 どういうことだろ、と良く解んなかったので東金さんと土岐さんの顔を交互に見る。 「夏に誘っただろう?俺の家のクリスマスパーティに来ないかと。 結局ドレスか着物か選ばなかったが」 「やっぱり俺は着物のほうがええと思うんやけど、まぁまだ時間はあるからゆっくり考えて?」 …どうしよう、パーティの衣装の話とかされてるけど、それよりそんな…。 楽しめる気がしないから、お断りしたほうがいいのかな…。 「あの、せっかくのお誘いですけど…!」 そう言い掛けた時だった。 「今回はごく小規模のものだ。難しく考える必要はない。 知人に頼んでアンサンブルの演奏もある予定だ。 いい気分転換にはなると思うぞ」 いい気分転換、かあ。 何かわたし、みんなに気を使ってもらっちゃってるみたい。 早く元気にならないといけないよね。 「なんか…ごめ」 「違うやろ、小日向ちゃん。俺らは謝って欲しいんやない」 謝ろうとしたわたしの言葉を土岐さんは笑顔で止めて。 ぐりぐり、と眉間に出来た皺を伸ばしてくれる。 「俺らは、ただ小日向ちゃんに笑うて欲しいんよ。 せやから、謝られるより笑顔でお礼のほうが嬉しい」 な?って背の高い土岐さんが身を屈めて笑いかけてくれるから、わたしもなんだか釣られたように笑っていた。 みんなにいっぱい心配掛けちゃってる。 ごめんね、っていっぱいいっぱい言いたいのに、誰も受け取ってくれなくって。 だから、出来るだけ早く元気になって、みんなにいっぱい、いっぱいのありがとうを言いたいの。 ありがとうが言えるようになるまで、ごめんね、もうちょっとだけ待ってて。 ありがとうを言いたいのは、ニアやハル君たちや土岐さん東金さんだけじゃなくって。 大地先輩にも、言いたいの。 今はまだ顔を見れないし、声を聞くだけで胸が痛くなっちゃうんだけれど。 あんな声になっちゃうくらい心を乱しちゃうようなわたしにさえあんなに優しくしてくれて。 演奏する楽しさを思い出させてもらえたこととか、楽しい思い出とかいっぱいありがとうってお礼を言いたいの。 もうわたしの顔見たくないのかもしれないけれど、それでも言いたい。 それから、最後になっちゃうならせめて、気持ちだけでも伝えたい。 先輩のこと、大好きです、って。 だから、言えるようになるまでもうちょっと、胸がズキズキしなくなるまで、わたしに時間をください。 でもわたしの心が痛むのはなかなか治ってくれなくて。 大地先輩を遠目で見るだけで、遠くから誰かと話してる声が聞こえるだけで。 ちくり、と何かが刺さる気がして。 普通科の知らない女の人たちに囲まれてて、楽しそうに笑っている姿なんか見ちゃった日には苦しくって。 諦めようって決めたのに、大地先輩のかけらに触れるたびにすっごくすっごく好きだったんだって気づいちゃう。 こんなんじゃ全然だめだよね…。 「…え、居残り練習ですか?」 部活が終わって戸締りしてるハルくんに両手を合わせてお願いする。 なんだか気持ちが沈んちゃってるから、何とかちょっとでも気持ちを変えて楽しくなりたかったから。 「わたし、ちゃんと戸締りしてくから!だめ、かな?」 両手を合わせて、お願いってポーズをすると、はぁあってハル君がおっきくため息ついて。 鍵をわたしに見えるように持って、まじめな顔をする。 「あんまり遅くならないこと、無理はしないこと。…約束してくれるなら預けます」 いいですね?ってハル君の言葉にこくこく頷くと、もういっかいため息をついてからわたしの手のひらに鍵を乗せてくれた。 ひとりっきりの部室で演奏するのは楽しかった夏のおもいでの曲ばかり。 こんなに苦しいのに、でもこんなに好きな気持ちはすっごくわたしの中で大切で、消えなくって。 切ないんだけれど捨てたくない、なんて。 言葉にするのが難しくて上手くいえないんだけど。 この想いが、この音色に乗って届けばいいのに…。 何とか笑えるようにはなったけど、溶けない想いが心の中でずっと座り込んでる。 時間が解決してくれるのかな? いつかは笑って話せる思い出になるのかななんて考えて。 そう言えば、東金さんちのクリスマスパーティはあとちょっとだなあ、ってぼんやり思った。 あの白い封筒がつれて来る大騒ぎのことなんて、このときのわたしは全然知らなかった。 ------------- 以上、7話でした! まだまだ暗雲が停滞してる感じですが、きっと晴れてくれる、と信じたい…! 全力投球して行きますので良ければもう少しお付き合い頂けますと嬉しいです。 |