なんだか大地先輩との距離が遠いと感じたのはだんだん涼しくなってきた頃。
夏休みの練習中にあんなに近くなったと思ったのに、なんだかよそよそしい気が、寂しい気が、して。
いつかの…土岐さんたちが来てくれたときは、ちょっと仲良く出来たかなって嬉しかったんだけど。

寂しいし、なんか…どこか、先輩らしくないなって、思う。


だからここは一歩!
折角の学院祭だもん!

先輩を誘ってみて、で、ダンパにも誘えたら、いいなあ…!


そんな決意を胸に当日!
本当は前日までに約束したかったんだけど…わたしも先輩も練習は出るけど、その後先輩は受験勉強とか、わたしは打合せとかで時間が取れなくって。
モテモテな先輩だからちょっと…ううん、かなり、心配。
おんなじことを考えてる人、絶対いると思うし。先約とか…ないといいんだけど…!

「よし!」

そんなことを考えてても仕方ないし、やなこと考えちゃうと元気なくなっちゃうし、連絡取ってみよう!
メールか電話か悩んだけど、思い切って電話にする。
用事があるか聞いてみて、もし用事がありそうなら何でもなかったようにしたらいいよね!

携帯を鳴らすこと数回。
大地先輩の応答する声が耳に届く。
「大地先輩、小日向です。おはようございます!」
名乗って挨拶をすると、挨拶のお返しと…甘い言葉が返ってきて!
「おはよう。朝から君の声を聞けるなんて今日は運がいいな」
「え、ええ?もう大地先輩ったら…!」
思わずしどろもどろになってしまうわたしにくすりと笑う先輩の声が聞こえて、なんだかますます恥ずかしくなる。
期待、しちゃ駄目なのに、駄目なんだから…!
「それで…俺に何か用事かい?オケ部の話かな?」
話を切り替えてくれる大地先輩の声は穏やかで、誘っても大丈夫かな?
ようし!思い切って、聞いてみよう。
「大地先輩…あの、良ければ…もし用事がなければ一緒に回りませんか?」
「…」
あれ、返事が来ない…。
もしかして都合が悪かったのかな?
わたしと一緒だと、気まずいとか…。
あ、ううん!先約があるとか、かもしれないし!そうしたら気にしないで貰わないと!
「あ、あの、用事があったらいいんですけれど…!」
そういうわたしに気を使ってくれたのか、大地先輩は明るい声を出して。
「あぁ、いや。まさかひなちゃんからお誘いがあるなんて思ってもいなかったから、驚いてしまって。
 …俺で良ければ喜んでエスコートするよ」
実際目の前にいたらウィンクが着いてくるような甘い声で言ってくれるから。
ほんとはちょっと心配だったけど、気にしないことにして待ち合わせの約束をして電話を切った。



待ち合わせてからの大地先輩は本当に紳士的で!
人ごみからわたしをあっさり見つけ出してくれたり。
甘いものあんまり得意じゃないはずなのに、2つのケーキを一緒に食べてくれたり。

本当に、本当に凄く紳士的だったんだけれど、それでも。


時々、どこか遠くを見てる様子だったから、ちょっともやもや、した。



そして、その次の日。オケ部の発表当日。

この日のために…というか、発表のためと言うよりは本当はダンスパーティのために新調したドレスとヴァイオリンを持って、皆よりやや遅く控え室に入る。
「ごめんなさい、ちょっと遅くなっちゃった…!」
夏の全国大会で優勝したのが珍しいのか、それとも編入してきた時期が不思議だったのか、よく声をかけられたり。
今日は特に、今から演奏だということもあっていろんな人に声かけてもらちゃったな…。
思ってたよりちょっと遅く、扉をくぐると。
扉のすぐ近くには大地先輩が居て、着替えも終わってていつもみたいにかっこいい…!
でもその大地先輩の顔はちょっと固い気がした。
けれど、それを聞いて良いのかちょっと悩む、間に、その大地先輩の近くに見知った顔が居たことに気づいた。
「土岐さんに東金さん!来てくれたんですね!」

わざわざ神戸から、わざわざわたしたちの演奏を聴きに来てくれたんだと嬉しくなっちゃう。
東金さんも土岐さんも、褒めるときもイマイチな時もはっきり言ってくれるから演奏しがいがあるし。
全力で演奏しようって張り切っちゃう。
そんなことを考えてやる気メーターを上げていると、ちょうどいい、なんて東金さんの声がするから軽く首を傾げて。
「小日向ちゃんに思って一着持ってきたんよ。良かったら着てみいへん?」
首を傾げてるわたしに土岐さんはそう言って、扉のほうに合図をする。
扉の向こうには芹沢くんがいて、箱を持ってきた。

着て、って…えええ!?

まさかまさかとは思ったけど、芹沢くんの持ってる箱を開けると、なんか凄いドレスが入ってて!
派手って訳じゃないけど、わたしみたいな普通の子が見ても解るような、首周りとか上品な、布とかなんかラメじゃなくてつやつやしてて、すっごい手が掛かってそうな!
絶対、絶対高いよねこれって断言できちゃうような!
「こんな高そうなもの受け取れません!」
慌てて一生懸命首を振って、芹沢くんが差し出す箱をちょっと押したりなんかして!
で、押しちゃった後で落としたらどうしようなんて思うけれど、ちゃんと支えててくれてちょっと安心…。
「高そうなもの、って言うほど高いものやないよ?」
「本来ならちゃんと採寸してオーダーメイドで作りたかったんだが仕方ない。何処にでもある既製品だ」
どこにでもあるって、それはお金持ちの基準でしょー!?
とととにかく、断らないと!
「でもわたし!今日はもうドレスを持って来ちゃったんです!新しいの!だから、ごめんなさい!」
全力で首を振って、持って来た衣装を見せて。
「高くないけど!この日の為に何件も回って選んだんです!だから、だからそのドレスは他の人にあげてください…!」
そう、高くないんだけれど、ちょっとでもわたしが可愛く見てもらえるように一生懸命選んだもの。
大地先輩の隣に立ってもあんまり見劣りしないように……って、あれ?

そう言えば大地先輩、何処へ行っちゃったんだろう…?姿が、見えない……?

「…なた、小日向?」
「っ!」
いけない!大地先輩どこいったんだろう、なんて考えてたら話の途中で黙っちゃった!
「小日向ちゃんが自分で選んだのがええなら、良いんよ。余計な真似してほんま堪忍な?」
東金さんと土岐さんがちょっとしょんぼりしちゃったから、悪い事しちゃったかなあと思わず手を振って。
「あ、いいえ!わたしこそごめんなさい!折角選んで来てくれたのに!気持ちは、すごくうれしいです」
そう言って頭を下げながら、それから着替えながら、考えるのは大地先輩のこと。
気がついたら居なくなってて…何処に行っちゃったんだろう…?


「…お疲れさん。まあ、合格点だな」
演奏から戻って来たわたし達を出迎えてくれた第一声はそれだった。
正直、それは正しい評価だとわたしも思った。
今まで練習して来たことはちゃんと今日の演奏に現れてたと思う。
完成度は凄く高いと思う、それは本当に胸を張って言える。
でも…何かが足りなかった。
「弦楽器でも中音域がちょい残念やったな…」
そう、何か足りないと思ったんだけれど、それは…ヴィオラ、だった気が、する…。
そしてヴィオラと言えば…大地先輩の姿が見えないのが、気になる。

「ねえ、律くん。…大地先輩はどこいったのかな…?」
わたしはとっさに律くんを捕まえて訊いてみる。
「…そう言えば先ほどから姿が見えないな」
わたしと同じく首を傾げる律くん。
少し考えてわたしはくるりと後ろを向いて、思い返したように振り返る。
「律くん、わたし大地先輩を捜してくる!」
そう言って着替えないまま大地先輩を捜しに走り出した。

…どこに、居るの?
教室にも、後夜祭の火の周りにも、会場にもいない。
……後探してない所と言えば…屋上…?
そう思い至ったらそのまま足が向かっていた。


扉を開けると、冬の夜空と冷たい風が容赦なく吹き付けてきて。
強い風に浚われた髪を押さえて辺りを見渡すと…探していた後姿があった。

「大地先輩!ここに居たんですね!」

その背中に声を掛けても、聞こえないのかこっちを向いてくれる様子はなくて。
聞こえてないのかと、わたしは一歩進んでさらに声を掛ける。

「あの、演奏が終わってから姿が見えないから探していたんです」

そう言いながらさらに一歩、近づくとようやく大地先輩がこっちを向いてくれる。
…−っ?
何でかな。暗くて顔なんか見えないのに。
なんか怖い、これ以上近づいちゃいけない気が、して。
近づきたいのに近づけない。

「あぁ…最後の演奏だというのに思ったより俺の演奏が酷かったから顔を合わせにくくてね」
そう言って、笑ったような気がする。
でも…怖い空気と、なんとなく笑ってない声と、それから昨日のこととか、これまでのこととかで…そんなことが理由じゃないって、わかってた。
「…わたし、大地先輩に何かしましたか?」
そう思ったら、ずっと聞きたかったことが自然と口から出ちゃってた。
ずっと気になってた。
どうしてこんなに、近いのに遠いんだろうって考えてた。
…近づきたい、のに、
「とつぜんどうしたの、ひなちゃん…」
突然じゃないの。ずっと考えてたんです。
訊けなかっただけで。
一度言葉にしたら止まらなくなって。
「だって、大地先輩らしくないじゃないですか。
 いつもなら、わたしの顔を見て話してくれるのに…昨日も…ううん、夏休み終わってから時々上の空で。
 今日は全然なんにも、話してくれないでどっか行っちゃうし…!」
「俺らしい、ってどういう感じ?
 君が、俺の何を知っているというんだ」
わたしの言葉を遮ったのは、大地先輩の言葉。
わたしがはじめて聞く、何にも感情が入ってない言葉。
「…っ!!」
何を思い上がっていたんだろう。
大地先輩の何を、なんて…わたしに見せてくれる大地先輩の一面は優しくて穏やかで、時に厳しくて。
きっとわたしの知らない大地先輩の一面はいっぱいあるのに。
わかったつもりに、なってた。
大地先輩が怒るのも当然だよね…。

「…だよ」

そんなことを考えてたら、大地先輩の小さな声はほとんど耳に入ってこなくて。
え…?と聞き返そうとしたけれど。

「悪いけど、もう俺に近づかないでくれ。…君の事でこれ以上感情を乱したくない」

…決定打、だった。
感情を乱しちゃう、乱れちゃうほど、わたしの存在は邪魔だって、ことだよね…?

調子に乗ってたのかもしれない。
一緒に練習して、ひなちゃんなんて呼んでもらったり、かわいいとか言ってもらったりして。

もしかして、特別になれたんじゃないかなって。


何か言いたかったけれど、何か言おうとすると涙が出そうだったから。
一度ぺこりと頭を下げると逃げるように屋上を飛び出した。


泣きたかった。でも、泣くのはずるいと思った。
大地先輩の前で泣くのは違うと思った。

だからわたしは泣けるところを探して学院を飛び出した。





-------------

以上、6話でした!
…おっかしいなあ、本来ひなちゃんはもっと無邪気で可愛い筈なのに、「彼わた」のひなちゃんはそうなれない…。