![]() あれからなんとなくひなちゃんと親しくすることを避けてしまっている。 勿論、当たり障りのない挨拶や日常会話や…他の女の子たちと同じような話は出来るけれど。 特別な女の子として扱おうとすれば、きっと彼女を問い詰めてしまうのだろう。 君の好きな男は…神南の奴らなのかい、なんて…聞いたところでお互いいい気がしないことくらい解っている。 それでも聞かずにはいられないだろうことも。 …駄目な男になったものだ、俺も。と思わず自嘲する。 そんな駄目な俺を尻目に時間はいつもどおり流れていて。 受験勉強の合間を見つけてオケ部で練習して、練習が終わったら勉強をして、そうしていれば学院祭などあっという間だった。 そして、学院祭当日。 結局俺は彼女を後夜祭のダンスパーティに誘うタイミングを掴めないままだった。 手配だけはしてあるコサージュが無駄にならなければいいんだけどね。 そんなことをぼんやり考えながら歩いていると、突然鳴り響く携帯の着信音。 ディスプレイには「ひなちゃん」。 どうしようとか悩む心とは裏腹に、身体は勝手に通話ボタンを押していた。 「もしもし?…あぁひなちゃん、おはよう。朝から君の声を聞けるなんて今日は運がいいな」 そんな言葉も意識するまでもなくすらりと出てくる。 電話越しにも動揺が手に取るように解る彼女にクスリと笑った。 「それで…俺に何か用事かい?オケ部の話かな?」 そう問いかけると否の返事が返ってきて。 …いけないことかと思うけれど、つい期待してしまう。 平静を装って続きを促すと。 「大地先輩…あの、良ければ…もし用事がなければ一緒に回りませんか?」 聞き間違いかと思わず頭の中で反芻する。 でも、もう一度再生してみても、間違いなく。 「あ、あの、用事があったらいいんですけれど…!」 黙ってしまった俺に慌てた様子のひなちゃんに、動揺を隠し何とか返事をしようと試みる。 「あぁ、いや。まさかひなちゃんからお誘いがあるなんて思ってもいなかったから、驚いてしまって。 …俺で良ければ喜んでエスコートするよ」 そうして待ち合わせの約束をすると携帯を閉じた。 明日はいよいよオケ部の演奏で、今日も午後から練習がある。 なによりひなちゃんにとっては初めての学院祭で、俺にとってはひなちゃんと過ごせる最後の学院祭で。 つまらないことで、悪い思い出にすることはない。 間違っても、神南の奴らのことなど思い出さないようにしなくては。 俺はそう強く心に誓うのだった。 待ち合わせは正門前妖精の像の前。 目印としては適当な場所なので当然のように人だかりになっていて。 そんな中でひなちゃんを探すのは至難の業…かと思いきや、俺の目はすぐに彼女の後ろ姿を捕らえていた。 特別背が高いわけでも、目立つわけでもない彼女をすぐ見つけられるのは、やっぱり俺にとって彼女が特別な証拠、なのかもしれない。 「ひなちゃん、おまたせ」 声を掛けながらぽん、と彼女の肩を叩くとぴくりとはねる。 振り返った彼女の顔は驚いたように、大きく丸い目はこぼれそうなくらい更に丸くなっていて。 でもその顔が見る間に笑顔に変わるから嬉しくなってしまう。 「大地先輩!…びっくりしました。きっとわたしが見つける側だと思ったのに」 そう言って笑う彼女にウィンクをひとつ。 「そりゃ、俺にはひなちゃんを見つける特別な目があるからね。探すまでもないんだ」 そう言えばひなちゃんは頬を可愛らしく赤く染めるから。 その赤い頬を膨らませて、ちょっと拗ねて見せたりして、どうかそんな表情を見せるのは俺にだけであって欲しいと願う。 「さ、拗ねた顔も可愛らしいけど折角のお祭りだから、チャーミングな笑顔も見せてくれないか?皆が俺に嫉妬するような、ね?」 その言葉と共に差し出した手に花のような笑顔と共に小さな手を重ねられれば、今から過ごせるだろう楽しい時間に柄にもなく胸が高鳴るのを感じた。 「大地先輩!こっちこっち!」 はしゃぐひなちゃんに遅れないように歩く。 とは言え彼女の小走りなど可愛いものでいつもより少し早く歩けば追いついてしまう。 俺と比べればこんなに小柄で華奢で、無邪気で無防備で。 でもいざ舞台に立てば俺の遥か上を行く…皆を圧倒する演奏をするなんて、誰が想像しただろうか。 俺の知らない君の表情を…君は一体いくつ持っているんだろう? そしてその表情−…。 「…んぱい、大地先輩?」 「!」 しまった、また黙ってしまった。 咄嗟に固まってしまった表情をごまかすように笑顔を作る。 「…ごめん、ひなちゃん。君を何処に連れて行けば喜んでくれるかと思って。つい考え込んでいたよ」 そうして俺はひとつ、またひとつと小さな嘘を積み重ねてしまう。 不自然に思われていなければいいが…。 ひなちゃんはあの大きな目をぱちぱちと瞬かせていたが、すぐににこりと笑う。 「有難う御座います。じゃあ何か…甘いものが食べたいです!」 そんな可愛いリクエストに俺は1も2もなく頷いた。 そのひなちゃんは今メニューと真剣ににらめっこをしている。 演奏しているときと匹敵するんじゃないかと思うくらいの本気の目で、右に左にせわしなく動いていて。 あまりにも真剣な表情に思わずクスクスと笑い声をこぼすと、拗ねたように桃色の頬を膨らませて見せた。 「だって、どっちも美味しそうで決められないんですよ。笑わなくたっていいのに」 これと、これです。と言いながら2種類のケーキを指差す。 どちらも甘そうだと言うのが正直な感想ではあるのだが、俺個人の嗜好については省いておいて。 「これと、これだね?…ちょっと待って。……ああ、注文いいかな?」 通りかかった男子生徒に声をかけた…つもりが、遠くからはあいと女の子が近づいて来て。 思わず小さく苦笑しながら、ひなちゃんが選びかねてた2種類のケーキと飲み物を注文する。 きょとん、と彼女の目が丸くなった。 「え、あの、大地先輩?」 「俺が決めかねてたからちょうど良かったよ。半分こしよう、ひなちゃん。…ご希望なら、食べさせてあげるよ、お姫様?」 そう言うとぽぽっと頬が赤くなるから、嬉しくなって、そして自分の単純さに思わずクスリと笑った。 いつも腹の中に抱えている黒いどろどろが出てこないくらい、おだやかな時間。 午後からの練習も終止調子良く。 良い学院祭になりそうだと、明日に期待した。 おだやかな、風のない時間は、嵐の予兆だったとも知らずに。 「よお、地味子!来てやったぞ!」 「小日向ちゃんの演奏、期待しとるよ」 嵐、上陸。 たまたま俺は支度を終えて扉の付近に居たので、真っ先に目があった。 社交的な笑みは意識しなくても浮かぶ。 「…神戸からわざわざ来てくれたのか、東金」 「お前達の演奏はそれなりに期待できるからな。今回はオケだろう?期待を裏切るなよ」 不敵に笑う東金には好感が持てる。 裏表がなさそうで、言葉通りに取れば良いし、さっぱりした性格に思える。 問題は。 「どないしたん?榊君。何か顔、怖いやないの」 問題は、俺が何を思っているのかを見透かしたかのような言葉を選んでくる、この男。 「あぁ、いや。なんでもないさ。…緊張しているのかもしれないな」 当たり障りのない言葉を選んで返答するも、クスリと余裕の笑みを浮かべる土岐。 ざわり、と胸の中で何かが動き出す。 「土岐さんに東金さん!来てくれたんですね!」 話している俺たちにひなちゃんが歩み寄ってくる。 まだ制服姿と言うことは今から準備に掛かるのだろう。 ちょうどいい、と東金が呟く声が聞こえた。 「小日向ちゃんに思って仕立ててきたんよ。良かったら着てみいへん?」 そう言ってもう一人神南の生徒が箱をひとつひなちゃんに手渡す。 え!とひなちゃんの肩が飛び跳ねるのと、静かに俺の眉がつりあがるのがほぼ同時だった。 俺は。 こんな高そうなもの受け取れません!と断るひなちゃんとそんな彼女を言いくるめる神南ふたりを、止めることも引き剥がすことも出来ずに席を外して。 見慣れないドレスを纏って演奏をする彼女を後ろから見つめるしかない自分に心底うんざりする、そんな自分にさらにうんざりして。 せめて彼女に八つ当たりをしてしまう前にと、そっと席を外すことしか出来なかった…。 11月の屋上の空気は熱を持ってしまった自分の頭を冷やすのにちょうどいい。 後夜祭に浮かれる生徒たちは皆講堂に行っていて、おかげで俺は一人静かに佇んでいられた。 がちゃりと音を立てて扉が開かれるまでは。 「大地先輩!ここに居たんですね!」 その声は、今一番聞きたくない声だった。 「あの、演奏が終わってから姿が見えないから探していたんです」 そう声をかけるひなちゃん。 いつもは嬉しいその言葉が今は苦しい。 仕方なく俺はゆっくりと振り返る。 もう薄暗いせいで表情がちゃんと見えないのが唯一の救いだろうか。 彼女の顔も、よく見えないことも。 ただこれ以上近づいてこない様子を見れば、やはり俺の暗い感情は隠しきれていないのだろう。 「あぁ…最後の演奏だというのに思ったより俺の演奏が酷かったから顔を合わせにくくてね」 これは嘘。まるっきり嘘ではないものの…俺の本心でも、ない。 誤魔化せると、思ったんだけれど。 「…わたし、大地先輩に何かしましたか?」 思いもよらない言葉には、咄嗟に否定も弁解も出来なかった。 「とつぜんどうしたの、ひなちゃん…」 「だって、大地先輩らしくないじゃないですか。 いつもなら、わたしの顔を見て話してくれるのに…昨日も…ううん、夏休み終わってから時々上の空で。 今日は全然なんにも、話してくれないでどっか行っちゃうし…!」 彼女の言葉が胸に刺さる。 でも…だからこそ、言ってはいけない言葉が口から滑り落ちてしまった。 「俺らしい、ってどういう感じ? 君が、俺の何を知っているというんだ」 「…っ!!」 ひなちゃんが息を飲む音が耳に届く。 傷つけてしまったことに胸が痛まないと言えば嘘になるけれど…それでも、一度出た言葉は止まらなかった。 さすがにみっともないところは見せたくないとまだ残っていたのか、搾り出すような声になってしまったけれど。 「甘えさせて欲しいなら、土岐にでも頼むといい。 …土岐が居ないから俺に、と言うのは…あまりに残酷だよ」 え…?とひなちゃんが首を傾げるのが、あまりにも無邪気で、その無邪気さに、憎ささえ覚えてしまう。 これ以上はいけない。 激しく警笛がなる。 「悪いけど、もう俺に近づかないでくれ。…君の事でこれ以上感情を乱したくない」 もうこれ以上傷つけちゃいけない。と精一杯俺の感情を殺して。 ひなちゃんが去っていく背中を見送って、そして。 今まで軽い付き合いしかしてこなかった俺への罰かもしれないと、苦い思いを抱いて俺の最後の学院祭は終了した。 ------------- 以上、5話でした。大地目線でした。 最初のあまあまは描いててすごーく楽しかったんだけどなあ……でも、やっぱり落とす所は落とさないと、心を鬼にして…! |