星奏の寮に借りた一室にて、俺は携帯を開いた。
アドレス帳よりとある番号を選ぶと通話ボタンを押す。
コールが10回を回る頃、ようやく。
「もしもし?」
「遅い」

後ろに管楽器の音がすることから部活かそれに順ずる活動中だったのだろう。
俺より優先することなどあってはならないが、音楽の為なら多少は目をつぶるとするか。

「練習中か?まずいのなら掛け直してやってもいい。急ぎの用事じゃないからな」
俺の言葉になぜかユキは苦笑する。
「いや、いいよ。練習中と言っても自主連に近いからね。
 …火積、水嶋、いったん休憩にしてもいいかな?」
後ろで何名かの男の声がする。
悪いと思わなくもないが、ユキが良いと言うのだから気にしないこととした。

「で、千秋。何かあったのかい?」
ユキの言葉にああ、とひとつ頷いて続ける。
「俺は今星奏の寮にいるんだが」
「え、星奏に?」
きょとんとしたユキの声の裏にざわざわと、星奏だってなんて声が混じったりするからきっと至誠館の出場メンバーも一緒なんだろう。
夏の花の魅力にひきつけられた奴らと。

「俺は地味子の鈍感さには気付いていたつもりだったがまさかあの敏そうに見える副部長が鈍感だとは思わなかった」

その一言で全てを察したのだろう、苦笑が漏れた。
「そういう節はあるかもしれないね。彼は回りに良く気を配れるまさに補佐役の鏡と言ったところだけれど、灯台下暗しとも言うし」
考えながら話しているのだろう。ぽつぽつと言葉を紡ぎながら…ふと思い当たったのか言葉が止まる。
「しかし…おかしいな。榊君は人気のある人だし、向けられる好意には敏いと思うんだけれど…何か、気付けなくなるような勘違いでもしているのかな?」
ひねり出したユキの言葉には思い当たる原因があった。あぁ、と一声。
「千秋?」
「おそらく星奏の副部長は蓬生と小日向が付き合っているとでも勘違いしているんだろうな」
あの男を煽るような行動を取る蓬生に問題がないとは言わないが、その程度で揺れると思わなかったと素直に白状する。
なるほど、と苦笑交じりの相槌が打たれた。
「土岐君の気持ちも解らなくはないけど…」
「うん?」
「僕としては…小日向さんにキチンと誠心誠意謝って貰ったのだから、後は彼女には幸せになって欲しいと思うのが本音だな…彼女の好きな人と」
穏やかなユキの声の裏で、異国の言葉…おそらく同意の意であろう言葉が届く。
花が無い地味だと散々馬鹿にしてきたが、あの女はこうして多くの人間の心を引きつけている。
この俺をも虜にするのだから中々の物だろう。
好意を持って、その好意が報われなくてもそれでも良いと、そしてそう思うのが俺だけではないと…演奏がどうと言うことではない、人間として…他の人間にはない、魅力がある。
そんな事をまさかユキに言う事ではないとひとりごちて、ただそうだな、とだけ呟いた。

…さっさと幸せになれ、小日向。
お前にふられた俺たちがそう心から祈ってやるのだから。





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以上、4.5話でした。千秋目線!
神南組と違って至誠館組は簡単に遊びに来れなさそうなので電話で出演して頂きました。
至誠館組は本当に好きなんです。こいつら仲良いなーって感じで!男だけでわいわいがやがややっててくれれば良いと思います!